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バドミントンの歴史に諸説はありますが、最も有力とされている説は次の通りです。元々は1820年代にインドのプーナで行なわれていた「プーナ」という皮でできた球をネット越しにラケットで打ち合う遊びを、当時イギリスの植民地であった、インドから帰ってきたイギリス人兵士(イギリスとインドの混血とも)が1873年に本国に伝えたのが始まりとされています。その兵士は、プーナを紹介するためにシャンパンの栓に鳥の羽根を刺したものを用い、それをテニスラケットで打って見せたといいます。
紹介されたのがイギリスのグロスターシアのバドミントン荘という邸宅であったため、バドミントンという名称がつきました。(ただし、1870年代にはかなり進んだルールが存在したことなどから、この起源説に対し、疑問を持つ者も少なくないようです。ラグビーの起源の話のように、スポーツの起源というものは往々にして脚色されがちであり、注意が必要です。)
また、英国にはバドルドーアンドシャトルコック(バドルドアアンドシャトルコックとも)という、シャトルコックに似た球を打ち合う遊びがプーナ伝来よりも遥かに昔から伝わっています。その競技の性質や、名前などから、バドルドーアンドシャトルコックが次第にバドミントンへと変化していったという説も信憑性が高いようです。初期のバドミントンはバドミントン・バドルドアと称していることも、この説を裏づけます。ともあれ、1860年代-1870年代ごろに誕生したらしいバドミントンは次第にイギリス中に普及していきました。
その後、1893年、ルール統一の必要性から、イギリスにバドミントン協会が誕生。プレーする人数や、コートの広さ、マッチまでの得点などがまちまちであった状況から、これ以後、段々とルールの統一が進んでいきます。そのころまでにはマイナーではあるものの、そこそこ普及していたといいます。
当時のバドミントンは、バックバウンダリーラインから、ネットに向けて狭くなっていく、バスケットボールのフリースローレーンのような形のコートを2つ合わせたような形でした。これは、バドミントン荘がそのような形状であったから、というのが定説です。
1899年にはロンドンで第一回全英選手権が行われ、1921年にカナダ、1930年にデンマーク、オランダ、フランスにバドミントン協会が設立され、そして1934年に国際バドミントン連盟が誕生しました。
日本でのバドミントンのはじまりは、1921年、横浜YMCAの広田兼敏氏に、横浜Y.M.C.A.の名誉主事で、アメリカ人のスネード氏から用具一式が寄贈されたこととされています。広田氏はその後、在日欧米人より学び、1933年に横浜YMCAの体育活動にバドミントンを取り入れ、1937年にはバドミントンクラブを設置したといいます。
その後、第二次世界大戦のために普及活動は停滞しますが、1946年、終戦後早々と各地のYMCAなどのクラブチームはバドミントンを再開しました。同年、11月2日、日本バドミントン協会が設立されました。1948年、第1回全日本総合バドミントン選手権大会開催、日本体育協会に参加。
1949年、第四回国民体育大会の競技種目となり、1950年第一回全日本学生バドミントン選手権開催、1951年第1回全国高等学校体育大会バドミントン競技大会開催、第1回実業団バドミントン選手権開催、1952年国際バドミントン連盟加盟と、急速にバドミントンは普及していきました。
1954年男子チームが初の国際大会となる第3回トマス杯大会アジア地区予選に出場。また、女子は湯木博恵などを中心に1965年-1966年、1968年-1969年、1971年-1972年、1977年-1978年、1980年-1981年に、最も権威ある国際大会の一つであるユーバー杯で優勝するという快挙を成し遂げました。 |
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