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1973年、名古屋市生まれ。
【性格】
とにかく負けず嫌いな性格で、自分でこれをヤル!と決めたらとことん納得の行くまでやらないと気がすまない性格です。
人に負けることより、自分に負けることが嫌いです。結構頑固者です。でも30歳を過ぎてからは、急に穏やかな性格に変わった気がします。これはとても不思議ですが、人生の流れが急に変わったような感じです。ただ年をとっただけかもしれませんが・・・(笑)
【今までの人生】
幼少時代からスポーツや運動が大好きで、いつも走り回っていました。特に幼稚園、小学校低学年のころはドッジボールが得意でした。小学2年生のときに6年生から試合を申込まれたことを覚えています。
また野球とサッカーもやっていましたが、自分の性格には自由なサッカーが向いてると思い、サッカーに絞ることにしました。
中学、高校時代も全国大会目指して夢中にサッカーをやっていましたが足首の捻挫や腰痛、膝関節痛、貧血などの怪我や病気にとても悩みました。
レギュラーになってもすぐ怪我をしてしまい、監督の信頼も薄れていきました。高校3年生の春には、夏のインターハイを目指して頑張っていましたが、試合中に相手選手と衝突して口の中を骨折し、前歯が三本抜ける重傷を負いました。
そのため半年間のドクターストップにより、高校でのサッカーができなくなり、引退せざるをえなくなりました。
自分が怪我にとても悩まされたので、将来、今度は怪我を治してあげられる仕事に就きたいと思うようになりました。そこで体育系大学に行き、トレーナーを目指すことに決めました。
体育系大学時代にも、高校時代のリベンジでサッカーを続けました。そして国体に出場でき、3位入賞することができました。
が、しかし肝心のトレーナーへの夢は、当時日本にまだそのようなシステムが確立されておらず、アメリカへ行かないとトレーナーになるには難しい状況でした。でも何もしないのでは、体育系大学へ来た意味がないので、厚生省(現厚生労働省)の健康運動実践指導者の資格を取得しました。
大学も4回生になり、就職活動の時期にどこの会社へ行こうと考えたときに怪我や病気で困っている方の手助けができるような仕事に就きたいと考えました。さんざん悩んだ後、最終的には医療業界へ行こうと決め、製薬会社に就職しました。
そして希望と夢を持って入社しましたが、医療業界は自分の想像とは大きくかけ離れた現実がありました。これは本当に自分がやりたい仕事とは全く違うと思い、退職し起業することを決意しました。
起業後は本当にたくさんのことがありました。楽しいことも苦しいことも色々ありました。でも今は人助けをすることを目的に、好きな仕事を好きな時間にすることができるようになりました。
これからも更に人の役に立てる仕事を続けて行きたいと思います。
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